2005年 08月 22日
思考の中、 珍しく深さの有る、 心地の良い眠りに誘われていたのだが、 時折のリズムで鳴るクーラーの可動音に引き戻される。 室温に今の季節を示す熱は無く、 有るのは身を寝具に包む程の快適さ。 だが引き戻された意識に再度の誘いは訪れず、 行けた筈の無色を惜しむ気持ちが、 苛衝きを呼び従い手足の先をムズムズとさせる。 心臓は疲れているのに。 左目蓋に雑菌が入り込んでいるのだろう、痛い。 ![]() ならばクーラーを消そうと、 違いの思い無く握る枕元のリモコンが、 TVのリモコンだったと気付く事に、 右後頭部が剥げてゆく程の掌打と、 半錠から1錠の連夜に、 私は不安を感じずに居られない。 2005年 07月 13日
熱いお茶を飲むにしても、 すごく身体に心地好い温度があるようで、 煎れたてのお茶を飲むのに、 少し待って口にするのだが、 喉が渇いている際などは、 ふぅ、ふぅーとするもの。 だがしかしこの冷まし、 今だかつてその効果を得ていると実感した事が無い。 心持ちとしてふぅ、ふぅーが存在しているとしか思えない。 いや効果的なふぅ、ふぅーがあるのか? と、そうこうとしてる内、 丁度良い温度となる。 いやまだ少し熱いか。 ふぅ、ふぅー。 私は出頭の渋さが好きだ。 2004年 09月 24日
仏教の家系である。 伯父が出家している事もあり、親族での仏時が頻繁に行われていたようだ。 幼少時、仏壇前にて長時間念仏をただ唱える事が辛かったのを記憶する。 現在、そういった仏時含め宗教に関した事象とは無縁な訳だが、ここにきて念仏の活用法を俺見い出す。 といっても信仰云々の話でなく(神様は亮君で充分。信仰は無いが愛は有り)幼い経験から得た自分なりの正に活用法。 念仏は平静を取り戻す。 呪文のようなモノだね。 まあ、俗にいうトぶ音楽とは相対する、 己を取り戻すミュージックという感じなのだろう。 2004年 09月 11日
オレのモノはオレのモノ。 ジ・ヤクザ。 欲望感情の自制を重んじない、意識認識すら出来ない。 最小限な上下左右は暴力で築かれる。 心体への威嚇。 暴君への評価。 距離を取る為に警戒もしよう。 距離を持ち貿易もしよう。 俺は傷付け合う事で自分を表現する世界は嫌だ。 優しさが優しさで循環する世界がいい。 自分に優しい世界がいい。 ジャイアンに二重丸は無い。 暴力は欲望だ。 暴力は簡単だ。 簡単で楽な世界に幸福はない。 人に優しくは困難だ。 だが幸福はそこに在る。 俺は幸福で居たいんだ。 2004年 08月 28日
空想家は思う。 例えば電車の時間、 深夜四十四分着の電車に乗ろうと人気無いホームにて待つ。 電車が訪れれば勿論乗車するだろう。 しかし訪れた電車は四十四分着の電車であろうか? 果たして時間を確認せず乗り込む電車は、 望む行き先へと運んでくれる電車であろうか? ながら、 時間を確認しない己は冒険家だろうか。 否。 些細な現実に空想家は思う。 例えば電車の時間。 後二分で電車は訪れる。 そして電車は訪れる。 さあ望む行き先へと誘ってくれ。 僕が望む行き先へと運んでくれ。 2004年 08月 18日
もし飛べるとしてもね、 一糸纏わぬ素っ裸が条件やったら俺は要らないかなあ。 使わないよなあ使えないよなあ現状。 自慢にも出来ないなあ。 「俺空飛べるっちぇー」 言うたところで証明出来ひんし。 神様どうせくれるんなら冬服並に着込んでも可。 でお願いします。 それだと星へとラブレターも送れますんで。 2004年 08月 16日
一つ教えよう。 全身を一つとする法を。 仰向けにて五つのポイントを意識する。 右の平、五指の先、爪の辺りに意識を。 熱さを認識。 左の平へ、五指の爪。 利腕ではないので感覚の移動が薄い。 因みに左からまた右への移行は案外スムーズに出来る。 そして両の足先。 手平程明確に左右分ける必要はないが足首辺りから先にかけて意識。 維持しつつ次は目頭。 鼻頭辺りも含め熱さを意識。 最後に背中、肩辺り全体を。 それらの熱さを咲く花が蕾に戻るよう上に。 熱さを均等にするのは難しいが、全身は一つに出来上がる。 2004年 08月 15日
明かりを落とした部屋に光が入る。 雷? 耳を澄ます。 判別出来るのは空調機の音。 タタッ タタタッ タタッ 差し込む白光は続く。 ONのままのオーディオをOFFに。 ONのままのビデオデッキをOFFに。 時間を合わせていないそれらは小刻みの点滅にて存在を残す。 ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ 澄ます。 鳴る。 雷。 雨音。 のボリウムも徐々に。 また白い光に音は無くなる。 だが雷だ。 ならば暗闇の点滅と変わりはない。 ならばいつもの暗闇と、 なんら変わりもありはしない。 私にはなんの不安も、ありはしない。 2004年 08月 10日
我活きる故我在り。 あー、そういう事かあ。 なんつって、唐突に自分に当てはめた、その言葉の使い方を理解。 よく使われてるやんな、この言葉も。 俺としての根拠だと、 同じ結果をいつもいつも望むんは、 俺にとっちゃなんら愉しくもない無駄な事でね、 違いのある事にいつもいつも挑みたいんだろね、俺。 何かやってんだって実感が多分活きるって感じる事で、 それが[居たい俺]を成していくと考えてんだわ。 色々やってきてるとは思うんけど、やっぱりそれは、 俺が俺である為にってやつなんやろね。 ん、 無駄は無い。 2004年 08月 09日
手前勝手な人恋しさをヌーンと悩むのは一人で居る時。 そこに抱ける人が居りゃただ抱いて貰え。 悩むな悩むな。 そこなかしこなカップル共よ、 触れられる事は当たり前じゃないんだぞ? 触れてもらえる事は当たり前じゃないんだぞ? 恋人を大事せーよ? 家族を大事にせーよ? 人と居る為に独りを努力していくもんやんか。 自分もちゃんと大事にせなんぜ? 抱いて欲しい時があるなら、 ちゃんと抱いてやらんかい。 人恋しさに負けないようにと、 ぎゅっと抱いてやっとくれ。 一人で解決でけん事やって当たり前やもんな。 < 前のページ次のページ >
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