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カテゴリ:Zatune
  • )ザツネであるということ
    [ 2004-06-03 21:33 ]
  • )ザツネであるということ
    [ 2004-06-03 21:32 ]
  • )ザツネであるということ
    [ 2004-06-03 17:02 ]

2004年 06月 03日
)ザツネであるということ

文章を書き、絵を描き、写真を撮り、催しを企画し、
人と話し、人と遊び、人と笑い、ザツネと居る。
私の中に創り出されたザツネという人格は、私にいつも影響し、楽しませようとしてくれ、私を動かしてくれる。
動かなかった自分に、何もできなかった自分にいつからか居たザツネは、私の中から居なくなることはない。
それは「いなくならないよね?」という不安の答えでは決してなく、笑えている、楽しめている、動いているのは私なのだという事を、私自身がザツネなのだという事を、胸を張って大声で力強くこれでもかという程、自信を持って云えるからなのです。
いっしょに楽しんでいるんですよ、顔を向き合わせて。
いっしょに悲しんだり、励ましあったり。
不思議な話ですかね?
どうでしょうね。

そう、私はザツネであります。

宜しくどうぞ。

by zatune | 2004-06-03 21:33 | Zatune
2004年 06月 03日
)ザツネであるということ

文章が糧になること、なってません。
生活ができなければ糧ではなく、趣味の領域は抜けれないと言えますか。
しかし書く事が趣味ではないのですよ、僕は。
ただ得意とは思うのです。
ですから糧として活かしたいとは思っています。
心身的な糧であればなっていますよ。
ならば趣味と言えますか?
思いや想いを見る側の意識も交え、魅せるモノとして仕上げていく。
工程は楽しく、出来上がったモノに自ら賞賛。
「俺ってすげー」
書く内容に知的なものは表現できない、おおよそ書く事が得意だなんて言ってはいけなかったり、
しませんかね?
どうでしょう。

そう、私はザツネであります。

宜しくどうぞ。

by zatune | 2004-06-03 21:32 | Zatune
2004年 06月 03日
)ザツネであるということ

ザツネと呼ばれれば、あいよと応える。
家に居ようがトイレに居ようが散歩先でも仕事中でも、
そこが海の中道だろうと箱崎埠頭であろうとも、
山ならそうだね、油山和歌杉山若宮小学校の裏山でもだ。
いつからですか、ザツネと呼ばれ始めたのは。
いつからでしょうね、ザツネと呼んでくれと言い始めたのは。
祖父が亡くなった際、櫃の前で手を合わせてお話しました。
「俺、ザツネの名前、残すから」と。
 『ザツネであるということ』
本名である訳ではないのですよ。
名字、名前にザツネの文字はございません。
「ザツネであるということ」
どちらかといえば苗字なんです。
じいちゃんと同じ苗字なんです。
苗字と個性の組み合わせなんですよ、ザツネは。
訊けば納得しちゃいますよ?
どうでしょうね。

そう、私はザツネであります。

宜しくどうぞ。

by zatune | 2004-06-03 17:02 | Zatune